無題

 

大学の卒業制作展が終わった。

高校も美術学部、1年浪人して、4年制の美術大学。全部で合わせると芸術の方向に人生の舵を切ってから8年も経ってしまったらしい。

卒業制作は、4年間の集大成。らしいけれど、私は、8年間の集大成 のような気持ちだった。

私の8年間を、私自身が赦すための作品だった。

 

高校の時は、油画を専攻していた。好きでも嫌いでもなく、高校でやる遊びみたいな専攻なら1番派手な油にしとくか!みたいな理由だった。

高校でやる遊びみたいな専攻 なんて考えていたのは私だけで、大学以降も、それ以降も、自分の絵でご飯を食べていきたい。みたいな意識の高さや、ただただ絵を描くことが楽しい!といった活き活きした感情のまま筆を取る友人たちばかりで、私はずっと空中に浮いてるみたいだった。

その当時の作品も、胎児だったり殻だったり、何者にもなる前のものばっかりだったように思う。

描いている間も、先生に「薄い色ばかり重ねていても何にもならない」「怖がってることがわかる」と言われるのをへらへら受け流したふりをして、パレットに乗る絵の具をとても重いものみたいに見つめていた。いつからか「大学は就職の安定してそうなデザインに行く」が口癖になっていた。

とにかく自信がなかった私は、自分を愛して、自分を表現する芸術から逃げた。

 

大学は、受験で出題される問題の毛色が周りとは違う大学を選んだ。みんなが共有する不安を、まるで他人事のように眺めて笑っているだけだった。

その大学を選択した理由も、様々な学部の人が集まる大学だから、芸術系以外の人とも触れ合いたい。みたいな理由だった。

結果的には失敗した。

 

浪人して、学科の予備校と、画塾のふたつに入った。学科の予備校に通ってしまえば芸術系以外の人と触れ合うなんて簡単だった。行きたかった大学へ行く意味がわからなくなり、センター以上の勉強をする人を見て、大変だね。と笑う日が続いた。

画塾でも、先生や周りの人の熱量が恐ろしくて鉛筆を握る力が弱くなっていった。どれだけ濃度の高い鉛筆で影を描いてもぼんやりとしたものしか生まれなくて画板に紙を挟むことすら怖かった。講評で口酸っぱく言われる「自分に自信を持て」という言葉が怖かった。

画塾の授業を抜け出して、本屋にある美術系の雑誌を読むようになった。目の前のことからは逃げているのに、雑誌を読むことで少しでもデザインの、美術の世界に触れ合っているんだと思い込むようにした。

あるとき、ひとつの雑誌に文字の特集が組まれているのを見た。全ての文字は人の手によって生み出されて、デザインをする人でも、そうでなくても、どんな人でも使い、生活に寄り添い支えるものであることを知った。

雷に打たれたみたいだった。私にはこれしかないと思った。

文字のことを勉強できる大学を探して、予備校にも画塾にも黙って、今の大学を受験した。

 

大学で4年間のうち2年半近くは文字の作品を作っていたように思う。

様々なスキルを学ぶ機会のある場所で、私は文字に固執していた。「ロゴ作れるもんね」「文字得意だもんね」そう言われることが増えた。その度に「文字しかないもんね」という声が聞こえるみたいだった。その声からは耳を背けた。文字しかない ではなく私が文字を選んだんだ。

あるとき教授に言われた「自己肯定力が低い」「あなたは、文字"が"やりたいの?」という言葉が今でも、魚の小骨みたいにこころの中に刺さっている。

 

3年生のとき、明朝体の神さまみたいな人に字の作り方を教えてもらった。洗練された、流れるようでいて力強さを持つ明朝体を、その人の前でつくるのは恐ろしかった。私は、母親の手書き文字をファント化することに選んだ。

 

卒業制作も、そのまま手書き文字の研究になった。

色々な人の文字を集め、まとめる。なんでもない、碌に手を動かさない作業だった。出会う教授出会う教授に「文字を作れ」と言われた。半年間、作字をしていなかった。

このままでは作品がない、と集めた文字からフォントを作り始めた。紙に向かい、元の字をなぞり、形を整え、アウトラインを抽出する。

半年ぶりにする作業は驚くほど体に馴染んでいた。指紋のように、人生の軌跡のように、同じものは全くない文字をなぞり、辿り、整えていく。そのことが純粋に楽しかった。

 

他人の人生の軌跡を辿り、愛し、肯定することは、自分を肯定できない私にとっての救いのようなものだった。

そのことを体感してほしくて、卒業制作では来場者に文字をなぞることのできる作品を展示した。

誰かの軌跡を辿ることで、あなたも、あなた自身の在り方を、軌跡を肯定できますように。そんな願いを込めた。

 

最悪がない限り卒業できて、私は4月から社会に出て行くらしい。これからも鉛筆を握る手が弱くて、自信がない私のままだろう。

それでも、わたしも、わたしの軌跡を、誰かの軌跡を愛していこうと思う。

わたしを救えるのは、宇宙できっと、わたししかいないから。